第 126 号
須永博士会館と深田 心の小径訪問
 7月27日、早朝から熊本に向かいました。以前、韓国のPLAのビジネスで韓国のシム社長より日本との取引をしたいと希望が有り、(株)テック中通の石川社長が、熊本の(株)エコルドがPLAを使い発泡スチロールの開発をしている事を見つけ、何度か電話をし、打ち合わせの日を石川社長に出来れば27日の打ち合わせでお願いしました、何故なら HPを見ていると28日に熊本県の小国町で須永先生のサイン会と講演が有るのを見つけ、是非行きたいと思い何とか日にち設定をしていただきました、無論、大きな目的はPLA事業ですが、真に石川社長には申し訳ないですけど、私は 須永博士会館と臼杵の深田 心の小径の方にも興味が有り出来れば両方手に入れたいと欲張りの気持ちで出かけました、PLA事業はエコルドさんの内容を韓国に送りシム社長の返事で今後の事業展開を考えると結論し、現地まで10時間かけて行った疲れで後はただ眠たいのみで(ちなみに熊本の気温39度)、折角、熊本まで行ったのに熊本観光もしないで、深い眠りについてしまいました。

 28日、以前より気に成っていた、須永博士会館と深田心の小径を訪ねました。須永博士会館は以前HPでしり、須永先生の詩がとても現代人が忘れている行動、心の持ち方、心の叫びを本気でリアルに表現していて、一度どんな人か知りたいと思い少しの時間でも話が出来れば思いアポ無しで出かけました。
 半年前にHPでパネルを何枚か買わせて頂いて、韓国の姉妹塾である機会の学塾に持って行き、詩の説明を私なりの解釈(須永先生と思いは違っていたかもわかりません)でさせて頂き、学塾生の反応はとても良く、是非パネルを学塾に飾らせて貰いたいとの話でしたので、1枚、学塾に飾らせてもらいました。(学塾訪問者にも評判はとても良いそうです)無論、我が政経塾にも何枚か飾らせて頂き勉強会の時には詩の内容を時に使わせていただいています。
 心ワクワクで一路小国町を目指しひたすら走りお昼過ぎに着き、ドキドキしながら会館に入るとスッタフの方が明るく挨拶をして下さり、正面には須永先生がデンと座っていました、(見た感じこのオッチャンが先生か思うほど素朴で近寄り易い人)早速名詞交換をし、私たちの塾の説明を致しました、すると先生が二階に案内をして下さり、パネルを出し、私達に先生のやって来られた事を(60数年の人生)詩を書きながらお話下さいました、凄い人生を歩んで来られたから、先生の詩がごく自然に人の心を動かし自分もそんな気持ちで生きたいと感じ取れるのだと歓心致しました。(話しかたは、いとも何でも無かった人生のごとくスラスラと話され先生の人柄が凄く感じ取れる)
 私たち以外にも沢山の人が来ていましたが、四国から時間を掛けて来たとゆうことも有ったかも知れませんが、時間を割いて、アトリエ(非公開場所)、美術館を先生自ら案内説明をしていただき申しわけないと思う気持ちと、今、自分が他人に何が出きるかをはかりごと無く一生懸命行動を起こす事を、身を持って教わりました(自分が他人の為に動けば誰にも嫌な思いさせずにすむ事)会館に帰り先生と二階でお話している中で次の詩を書いて頂きました。

 人間

 何もなくてもいい

 やる気 元気 本気があれば

 必ず自分の

 夢は願いは つかめる

 人間どれだけ

 人のために生きられるかだ

 生きたかだ

 あなたならやれる

 たえず自分の夢へ挑戦です

 大和田良夫さんへ  2007年7月28日
                 須永博士

 須永先生の気持ちを頂いて詩の様な人生を本気で歩んで行く勇気有り難う御座いました。

        

 何故か解らないですけど後ろ髪を引かれる思いで会館を後にして、一路臼杵へと急ぎました、もう一つ如何しても行かなければ成らない場所、深田 心の小径です。5月26日に小野代議士と深田 心の小径の研修会が有ったのですが、都合で行けなかった為、一度は深田の石碑を読みながら廻って見たいと思っていましたので、願いが叶い、1時間程掛けて石碑を一つ一つ読ませて頂きました、石碑には歴史に名を残した人の言葉を刻んでいますが、私自身頭があまり良くないので、うなずける言葉、又、何とか読めるけど意味がよく解らない言葉、全然読めない言葉、イロイロでした、けど、此れだけの言葉を後世の人に残す事業は大変意義の有ることであるし、賞賛いたします。

 フェリーの時間まで隣に有る石仏を見学いたしましたが、千年の風雨に堪えひたむきな信仰のあかしを、今もなお残している姿はただただ、手を合わせて拝ませて頂くしかありませんでした、石仏全部で59体彫られていましたが、何人の人が、又、何の為に掘られたのか(ただの信仰の為だけで無く他に何か意味が有るので無いかと感じ、一度ふかく調査してみたいものです)信仰心の凄さに圧倒されつつ臼杵を後にし、帰路に向かいました。
平成19年7月28日
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