第 130 号
宇和島へ・・・
 先日、久しぶりに偉人館めぐりに参加しました。今回の行き先は宇和島!20年以上愛媛に住んでいますが、行ったことのない地域で、知っている事は海がきれいで海産物が有名らしいという事くらい。宇和島へ行くと聞いていただけで訪問先を告げられていなかったので、もしかして「おいしいお魚食べまくりの旅」なのかも♪♪と甘い期待を持っていたのですが・・やっぱり偉人館めぐりでした。

 はじめに訪問したのは「宇和島市立伊達博物館」。伊達といえば有名なのは伊達正宗!!・・でも伊達氏って愛媛の人じゃないよね??と考えつつ中へ。中に入って家系図を見てみると、この伊達氏とは伊達政宗の長男・秀宗氏から続く宇和島藩主をつとめた伊達正宗の子孫の事だということが判明。博物館の中には、鎧をはじめ長刀、刀、弓、古文書、かごなど、歴史を感じさせる文化財が多数展示されており、一番古いもので400年くらい前のもののはずなのですが、かなり美しい状態だったため、ホントに本物?とつい疑ってしまいました。歴史の流れなどはいつもの事ながら頭に入って来なかったのですが、展示されている鎧や長刀を見学しながら、何キロもある重い鎧を上から下まで装着し、重い長刀や刀を持って戦い、かごを担いで歩いて、馬に乗って長い道のりを移動して、「昔の人って超人だよ・・」とボーっと考えていました。着物でさえ、長時間着ているとかなり疲れるのに、鎧や刀などを装着した日には気を失って倒れることは間違いないと思いました。それに、刀や弓を持たされて「はい、どうぞ戦ってください」と言われても、敵に向かっていくことすら怖すぎて私にはできないだろうし、ましてや人殺しなんて勘弁してほしいと思いました。そんなことを考えていると、この時代の人は肉体的にも精神的にもものすごく強靱であったことがわかります。当時はそれがあたり前で、子供の頃から厳しい教育や鍛錬を必要とされてきたのでしょう。しかし、現代人の私にとっては異常な世界です。平和で豊かな時代に生を受けられて良かったなーと思いましたが、その反面、文明の発達が人間を弱体化させているけれど、これからもどんどん発達していくだろうし、人間はどのような道をたどるのか・・と心配もしてしまいました。様々な貴重な資料が展示されていましたが、ただ見て回るだけの感じになってしまい、鎧装着やかご乗車(もちろんレプリカ)を体験できたらもっといろんな事を感じられたかもしれないのに・・と思いました。また、塾頭も仰っていましたが、なぜ伊達家が仙台から愛媛の宇和島に来たのかという「伊達家お家事情」の説明が無かったのが残念でした。帰って調べた所、「初代藩主・伊達秀宗は、正宗の長男であったが、生母が側室だったため、本家の家督を継げなかった。また、豊臣秀吉の側に仕えていた身から、徳川の世では仙台藩主としてふさわしくないとして別家をおこすことを父・正宗が考えた。その後、1614年の「大阪冬の陣」に父と共に参陣。戦後、家康から参陣の功として正宗に与えられた伊予宇和島10万石を別家として継ぎ、その初代藩主となった。」との事でした。今は便利なインターネットがあるので調べればすぐにわかるのですが、せっかく博物館という場所まで勉強に行ったのだからその場で知りたかったという悔しい思いが残ります。

 次に「愛媛県歴史文化博物館」へ行ったのですが、なぜか山の中にありました。中は綺麗で愛媛の原始時代から近代・現代の資料・・たとえば新居浜の実物大の太鼓台や漁船、昭和の暮らしのセットなどかなりの費用をかけたと思われる展示物や、昔愛媛は北と南に分かれていて北は石鐵県(いしてつけん)と呼ばれていたなどの豆知識を知れる展示物など、多数の資料が展示されており、質の高さに感心しました。残念ながらこの場所、あまり人に知られていないようで、土曜日なのに人がほとんどいませんでした。もったいないですね。宇和島は他にもこのような知られざる穴場が沢山あるのではないかと思います。

        

 この地方に伝わる「牛鬼」とよばれる妖怪のお祭りも気になるので、また時間をかけて宇和島を訪れてみたいです。
 塾頭に「石村はおかめとそっくり」と遠回しに言われてちょっと傷つきましたが(怒)、久しぶりに偉人館巡りに参加できて、息抜きになりました!ありがとうございました!
平成19年9月8日
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