第 155 号
愛媛県生涯学習センター:愛媛の偉人
 平成2017日に塾では恒例となった“偉人館巡り”で、地元・愛媛の松山に行って来ました。

 この日、最初に訪れたのが松山市上野町にある“愛媛県生涯学習センター”です。

 訪問の目的は二つあり、一つは韓国との交流の中で「日本の生涯学習について学びたい」という方が居るので、四国政経塾として何かお手伝いが出来れば…ということで、愛媛の生涯学習における県の窓口で情報の収集と協力のお願いでした。こちらについては今後、内容を詰めた上で前向きに検討していく方向で話がまとまりました。

 そしてもう一つが、同センター内にある愛媛人物博物館(県民メモリアルホール)の見学でした。館内には、愛媛県出身の方はもちろん、愛媛にゆかりのある偉人や賢人の業績を紹介した資料や、生前に使っていた生活品、知人に送った手紙などの遺品も常設展示されています。学問や教育、政治、産業、芸術、文学、スボーツや芸能…など各ジャンル別にブース分けされています。私にとっては、自身の日ごろの勉強不足もあり…情けない事に初めて聞くお名前がほとんどでしたが、歴史に名を残すほどの偉業を成し遂げた方々が数え切れないほど紹介されていました。

 そんな沢山の偉人や賢人の資料や遺品を観覧しながら生涯を追っていくと気が付いたのは、ほとんどの方が生まれや環境が何か特別だったわけではなく、むしろ貧しい家に産まれ逆境の中で生きた方々が多いということです。そしてふと思うのは「この中の一体何人が、自分の名前が後世に残ると思っていたのだろう…」ということです。歴史に名を残している人々は、分野は違えど“自分の道”を見つけ、ただひたむきに生涯を懸けて歩き続けた人々なのだと思います。その生き方が成功や目的の達成に結びつき、結果“偉業”として世の中に賞賛されるに至ったのでしょう。偉人と自分自身の違い…それは持って生まれた天性の“素質の違い”ではなく“生き方の違い”なのだと改めて思いました。

 次に訪れたのは“子規堂”です。松山出身の俳人・正岡子規が17歳まで過ごした家を当時のまま再現した木造の建物で、松山市内の正宗寺の敷地内にあります。畳敷きの小さな日本家屋の中には、子規が当時使っていた机を始め、遺品や写真が展示されています。子規堂の向かいには、子規が夏目漱石と交流があったことから“坊ちゃん列車(模型?)”もありました。俳人・子規についてもともと詳しく知っていた訳では無く、病弱で短命というイメージでしたが、ベースボールに夢中だった事など新しい発見もあり、遺品を実際に見て当時の姿を想像すると、肺を患い若くして他界するまでの短すぎる生涯を少し垣間見る事が出来た気がしました。病を患っても尚、血を吐きながら生きる自分の姿をペンネーム“子規(ホトトギス…さえずる時に真っ赤な口の中が見える)”と例え作品を残し続けた俳人・正岡子規…きっと、とても強い人だったのでしょう。

        

 身近な偉人を訪ねた今回の偉人館巡りは、自分の“生き方”について考える一日でした。私も“名前を歴史に刻む!”とまではいかなくても、ひたむきに自分の道を歩んで行けるようになりたいと思いました。

平成20年5月17日
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