託 老 塾(仮名)に つ い て

 医療技術の発達や新薬の研究・発明、生活環境の向上、食生活の向上、老人福祉の浸透などにより、日本を含む世界各国では、老人人口が増え長寿社会へと移行している。日本では、現在人口の約18%の人が65歳以上の老人であり、2020年には、23.5%(4人に1人)の割合になると予想されている。この人たちは、現在の社会制度のなかでは定年となっており、働く場所がなかったり、核家族化の進行により話し相手がいなかったりといった、社会の中で一種の隔離された状態になっている。そのため、老人たちは、精神面では、自己中心的になったり、頑固になったりしている。さらに、加齢によって身体的な活動能力も低下し消極的・自閉的になっていく。また、老人たちは、自分自身の周りの環境の変化に対応することが難しく、現在の社会状況のなかで取り残され、疎外感や孤独感を感じるのである。このような環境の中で、老人たちは本当はいろいろな形での心のやすらぎや生きがいを求めているのも事実である。しかし、精神的・体力的にも社会状況のなかで、安易に生きがいややすらぎを見つけることは難しい。社会の一員でありながら、社会に取り残され、地位や立場が軽視され、その結果さまざまな老人問題に発展していることに矛盾を感じる。
 現在日本における老人問題に対して、行政は、ゴールドプランや介護保険制度の導入を行い施設や対策は整ってきつつある。しかし、そのほとんどは寝たきり老人や痴呆症患者などの自立できない人に対するものばかりであり、健全な老人の方に対するものは、福祉制度の中の老人福祉センター(各種相談や機能回復訓練・生涯学習・老人クラブの支援を行う施設)やシルバー人材センターぐらいで、健全な老人の人たちに対する制度は、まだまだ不十分のままである。そのため、健全な老人の人たちは、その役割を喪失し、自分達を老人扱いされることを拒否し、そして、「昔はよかった」と人生を回顧(過去への志向性)し、「昔からこうだから」と過去を肯定するようになる。老人は、現在の社会を築いてきた人達であり、いわば功労者でありながら、現在の社会の中では取り残され地位や立場も軽視されている。このように、特に健全な老人たちには、現在の社会状況の中では自分達の力を有効に使うことができず、ましてや生きがいややすらぎを感じられないまま年齢を積み重ねていき、家に閉じこもり、社会に接する機会もだんだん減少して、次第にその力も衰退し、寝たきりや痴呆症になっていくのである。
 日本と肩を並べている長寿国、スゥエーデンやノルウェイなどの北欧諸国は、老人福祉では先進国といわれている。日本と北欧諸国の違いは、簡単に言えば、日本は『寝かせっきり老人』『要介護老人』であり、北欧諸国では『寝かせったり(しない)老人』『用ないよ老人』である。日本は、養護老人ホームや特別養護老人ホームが多いのに対し、北欧諸国では、グループホームが多いのである。日本は、老人の身体的な活動低下に対し、補助や手伝いをするためにホームヘルパーや介護員を付け、生活のすべてを補助するのに対し、北欧諸国では、あくまで老人の自立を最優先させ、どうしても無理な場合(本人が助けてほしいと言った場合)にホームヘルパーや介護員が手助けをする。たとえ、手が動かなくなり、食事ができなかったとしても、本人が食べる努力をしている間は、どんなに時間や手間が掛かっても手を貸さないのである。足が動かなくても、動けなくなるからと車椅子を嫌い、トイレにも手ではっていこうとするのである。体を動かすことにより、身体的な衰えを少しでも軽減させようとするのである。日本は、北欧諸国に比べホームヘルパーや介護員の対比人口が少なく、合理的な介護をしているため老人たちが自ら身体的不利を克服することは難しくなってしまうのである。老人福祉に掛かる費用の大半を『寝かせっきり老人』をつくるために設備や施設に費やしている日本に対し、北欧諸国では、『寝かせっきり老人』をつくらないために、ホームヘルパーや介護員の増員に費やしている。北欧諸国の老人たちは、自分たちが努力することによって、昔のように散歩したり、ショッピングに出かけたりといった夢があり、それを実現しようとしている。重要なのは、寝たきり老人の介護をいかに良く、たくさんするのではなく、北欧諸国のように、寝たきり老人をつくらないように、いかにして努力させるか、自立させるかではないだろうか。
 このような問題に対処するために、私たち四国政経塾では一つの方法として、『託老塾』を考えている。その内容は、健全な老人の方に、要介護者の介護を手伝ってもらったり(老々介護)、現在の若者達によく見られる自分さえよければ・今さえよければという考え方を改善するための教育者になってもらったり、二度と起こしてはならない戦争の悲惨さを学校教育の一巻として子供たちに伝えたり、その他にも、地域に対するボランティア(草花を育てて地域の緑化をしたり、ゴミ拾いをして地域の美化に貢献したりする)や、伝統の味(おふくろの味)を伝承したりといった、人生の先輩としての役割や活動の場を与えてあげることによって、老人たちが自立できるようにする事を目的とする。老々介護については、要介護者に年齢が近いため相談相手や話し相手になることによって、要介護者も話しがしやすく、健全な老人の方も自分の健康に気をつけるようになる。また、将来老人人口が増加する中で、高齢者の雇用促進につながり、要介護者に必要にされることにより働きがい(生きがい)が生まれてくると考えられる。子供たちの教育については、過去のあやまちを子供たちに伝えていくことにより、将来の日本の方向性を示すことができ、また、子供たちの廃れた感情を排除し尊敬や感謝の気持ちを植え付けさせることができる。そして、核家族化が進んでいる現在の社会の中で子供たちと老人の触れ合いの場を持つことができるのである。健全な老人の方々が、自分たちの健康状態をチェックしながら、老人にしかできないいろいろな活動に積極的に取り組んでいただき、それについて話し合い検討し、今までの経験や実績を生かして、お互いが協力し助け合いながら地域や社会に貢献する事によって、自分たちの生きがい作りややすらぎ作りをしていける場を与えていくことが必要である。
 私たち四国政経塾では、この『託老塾』を成功させるために、現在老人クラブの代表者の会に出席して意見を聞いたり、実際の介護の現場にいって見学させてもらったり、実際にどんな問題が潜んでいるか調査するために自分たち自身もその中へはいって介護の免許を取得するために勉強したりしている。さらに、新しく導入される介護保険制度の勉強や、政治家や専門家・ボランティアの方・知識人に意見を聞いたりして、より良い施設にすることに全力を傾けている。行政や民間企業にバックアップしてもらい、老人たちが生きがいや安らぎを求めて、自ら参加し、地域や社会に貢献できるような施設にすることを目標に、四国政経塾の塾生が一つになって実際に足で歩いて一つずつ前進させている。
目次へ